バスの通る道をちょっとそれると,旧道がある。
 小松から久賀というところまでは,旧道だけを歩く事も出来る。くぬぎ林の間から見る海も美しいし,その向うの本土に郷愁を覚える。
 久賀から大崎を通って長浜に至る旧道もよい。車の通る事のないまがりくねった道が,新道のずーっと上についていて,
 広島湾の島々を見ながらゆくのは楽しい。その見える島々への遊意をさそわれる。
 ・・島の人たちは近頃観光をしきりに口にしているが,この牧歌的なものをもう少し残しておいて,
 都会のあわただしさにつかれた人がぶらりときて,ぶらりと歩いて帰れるような,そういう所にしておきたいものだ。
 それにはまた,人住まぬ島もあり,真っ白な砂浜のしかも人一人いなくて,その白さが目にしみ,
 うちよせた小波の泡が砂にすいこまれつつ消える音すら耳につく静けさが,この島の東半分には残っている。
 そういう風土は消してしまうと,もう二度とは帰ってこないもので,ただわやわやと無遠慮な人のやってくることのみを観光地と心得て,
 客をひくことばかりに本気になるまえに,静けさと素朴さを愛する人々のための憩いの場所にしたいものである。
 内海ではめずらしくそういうものを多分に持った島の一つである。宮本常一・周防大島民俗誌・1961/10

 JRで輪行の場合は大畠からの自走になるが,島をまわるバスも輪行して乗る事ができる。
 車は大島大橋の本土側の駐車場や,島北海岸の国道沿いにいくつもある駐車場が便利。
 山口県・周防大島で約40kmの走行距離で一つの区分けにして,旧道を中心に走るコースガイドです。
 更新状況
  04/9/6 全島120kmコースUP!・・・これにて周防大島編は完成です。
        コース6 UP!
        コース7 UP!(各コース案内 最後のコースです。)
  04/9/5 コース5 UP!
 詳細ページ 
詳細ページへ
大島大橋から左に。
小松の町から屋島の集落に田園の中をはしります。
階段600段以上のある参道の志度石妙見神社を発見して,
どうしてこんなの?
自転車専用スペシャルだよ!っておもってしまう道をまわって,
沖浦とよばれる島の南海岸の集落をはしります。
戸田からターンして海岸線の車道を小松にかえってくるコースガイドです。
前半の屋代ダムまでは集落の奥まったコースをとりますので,
けっこう時間がかかりますが,ダムから海へと走るコースは快走できます。
でもゆっくり走るとたくさんの発見があるでしょう。
詳細ページへ 島の古くからの中心の久賀とその東の三蒲,椋野をルート紹介しています。
ルート中央にある長浦スポーツ海浜スクエアーが駐車場と潮風呂が
あってスタート地点としては便利です。
ルート紹介は大橋からになっています。
久賀は「いまでも町の中をあるいていると路地奧に白壁の家も
多く土蔵などもいくつものこっている。
宮本常一」いまはそれも少なくなってますが,
町の東端・八幡神社周辺にはそんな景色がのこっています。
その路地脇に疎水が走って,時間は止まっています
詳細ページへ 南海岸の安下庄からヒルクライムコースです。
といってもコースは24kmあまり,古道もしっかりおさえました。温泉つきです。
詳細ページへ 島中央の白木山とその山がある一帯の海岸線を周回するルートです。
点在する集落が漁業をなりわいとしてないってことが
不思議なほど海はきれいです。
集落の成り立ちがちがっていて,
人がそこに住むということの不思議さがせまってきます。
詳細ページへ 「白木山の上から見下ろすと,北海岸と南海岸の海が望まれ,
島はやせ細ってしかも乾いた感じがする。
水田らしいものがほとんど目につかないからである。
・・・幕末のころここに足をとどめて生涯を終った
佐渡の国の念仏行者があった。
旅から旅へと渡り歩いてここまできた行者は,
・・そのまま他へ行こうとしなかった。
そうして古い墓のとなりに南無阿弥陀仏と書いた
自然石の念仏塚をたてた。宮本常一。」

そんな島東部にいよいよ入ってゆきます。
NEW!詳細ページへ 「昭和21年の秋,四国・高浜から船の乗った。
中年をすぎた女が乗っていた。
垢抜けのした若いときは美しいひとだったろうと
思われるような人であった。
若い頃大島出身の地方官僚に愛されるようになって,その妾になった。
戦争がすんで旦那の方は郷里に引上げたが,
もう妾をやしなう力もなくなったけれど,別れがたくて,
旦那のいるところに一番近い道後に働き口を見つけて,
休みをもらっては時折島の旦那の所へ世話をしにいっているのだという。女というものは業を背負っていますよ。
私は正妻を持ってる男にとうとう一生をかけてしまいました。
こう書けばいかにも悲痛なようにみえるけど,
女の表情は暗くはなかった。
男への愛情に一生をかけたことに誇りを持っているようでさえあった。
その女は油宇で上陸した。宮本常一」

島東部は本土からはなれて,さぞかし古風であろうという想像は,
ここが伊予・四国の玄関口であったという事実に粉砕されました。
カモメが鳴く港に伊予の風がふいています。
NEW!詳細ページへ この島一番の峠を
「今は昔,源明峠を屋代から安下庄へ越えるべく
一人の旅人が歩いていた。日は落ち道は遥るけくかつ険しかった。
老い,疲れ,飢えた旅人はその頂上に立った時,
その精根を使い尽くして下る元気はなかった。
蒼茫として暮れ往く伊予灘,
脚下に灯のともる安下庄を望みつつ
頂上の路傍に天国を見出したのであった。
翌朝この旅人の遺骸を見出した人々は
この哀れな者のために1墓をたてた。
それからこの峠を越える人が,
ああ腹が減ったと思うとたちまち動けなくなるほど腹が減るようになった。峠を越える人々はそれにどれほど怯えたことであろう。宮本常一」

しっかり食糧もって走ってください。

詳細ページへ
自転車で島の年輪の古道,旧道,峠道と通して走りっぱなす!!
なんて,夢かも?行程120km累積標高4300mです。
 関連リンク
  □MAP FAN WEB 周防大島(山口県)周辺地図へ
  □周防大島ホームページ (4町商工会)へ
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興味は無い(古道について)
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